読書

【感想】平野 啓一郎『私とは何か――「個人」から「分人」へ』人生のモヤモヤが晴れた

中高生の頃、「自分とはいったい何者なのか」ということをよく考えていました。

娘として、姉として、部の後輩として、バイト先の先輩として、友人として、それぞれの相手によってみせる自分が違うことに気づき、混乱していたのです。

それぞれの関係性において、それぞれの「自分」がいることの不思議さ。

  • 私は一人の人間であるのに、なぜ複数の「自分」が存在するのだろうか
  • そのどれもが嘘偽りなく「自分」であるのはなぜなのか
  • 普段は独立している関係性同士がブッキングしたときに、どんな「自分」を演出すれば良いか分からなくなるのはなぜなのか

これらの答えが『私とは何か――「個人」から「分人」へ』にありました。

たった一つの「本当の自分」など存在しない。裏返して言うならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。

もし、「本当の自分ってどんな自分なんだろう?」「私らしさって?」と考えたり、悩んだりする過去の自分のような人がいたら、この本を読んでみてほしいなと思います。

あらすじ

嫌いな自分を肯定するには? 自分らしさはどう生まれるのか? 他者との距離をいかに取るか? 恋愛・職場・家族……人間関係に悩むすべての人へ。小説と格闘する中で生まれた、目からウロコの人間観!

「個人」とは、複数の「分人」から成り立つ

本のタイトルにもなっている「分人」について説明されていた箇所を引用してみます。

分人は、相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されてゆく、パターンとしての人格である。

必ずしも直接会う人だけでなく、ネットのみで交流する人も含まれるし、小説や音楽といった芸術、自然の風景など、人間以外の対象や環境も分人化を促す要因となり得る。

つまり、私という「個人」は、人・人以外の対象物・環境など様々な要因によって形成される複数の「分人」から成り立つということですね。

ネット上で見せる自分とリアルで見せる自分って違いませんか?

これは、ネットにおける分人とリアルにおける分人が違うため、このようなことが起こるようです。

それぞれの関係性において、それぞれの「自分」がいることって不思議でもなんでもなく、当たり前のことだったんだと思いました。

「分人」の構成比率によって「個性」は決まる

個人が複数の分人によって成り立っている話を踏まえて、個性についても言及されています。

個人を整数の1とするなら、分人は、分数だとひとまずはイメージしてもらいたい。私という人間は、対人関係ごとのいくつかの分人によって構成されている。そして、その人らしさ(個性)というものは、その複数の分人の構成比率によって決定される。

「本当の自分」や「私らしさ」というのは一つしかないと思い込んでしまいがちですが、そうではないということが分かります。

誰一人私と同じではないし、だからこそ私の中の分人と同じ分人を持つ人はいません。

その時点でオンリーワンであり、「本当の自分」や「私らしさ」を探す必要なんてありませんでした。

たくさんの「分人」を持つことが「個人」の豊かさにつながる

『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を読み終わって、もっと色んなものに触れようと思いました。

人とのコミュニケーションしかり、読書しかり、経験しかり…。

そうすれば、色んな分人が発生して、私という人間はもっと豊かになり、今まで以上に生きやすくなると考えました。

具体例も多く、分かりやすい文章で書かれてあるので、「分人についてもっと詳しく知りたい!」「本当の自分とは?ってよく考える!」って人は、ぜひ読んでみてください。

『私とは何か――「個人」から「分人」へ』は、星五つ評価の本リストにリスインしています。

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